医療:高額療養費見直し試算に関しての備忘録

新聞記事

これらの記事について、以下、思うことを書きます。きわめて具体的な試算についての記事であり、以下の内容もそれに即した具体的なものとなります。これらの記事から離れた抽象論をグダグダ述べるつもりはまったくありません。現在は高額療養費のお世話になってはおりませんが、私にとってはここの記事に書かれていることは現実の懸念(と一筋の光明)であることをご了解いただけますと幸いです。
なお、あまりにも久しぶりに日記を書くので、記法を完全に忘れており、きちんとした文章にはなっていません。また、前回までの日記とあまりに内容が違っており、不審に思われる方もおられるでしょうが、前回までの内容も完結したわけでなく、また時間が取れれば追加記事を書くつもりです。

元となった厚労省部会資料

上記の新聞記事はほぼ横並びの内容ですが、上の部会資料と微妙に違うところがあります:

  • 部会資料では「上位所得者」という表現なのに、新聞記事では「高所得者」となっている。
  • 部会資料にある「自己負担の軽減について要望がある疾病の例」について、新聞記事ではまったく触れられていない

とくに最初の点は不自然で、要するにこれらの記事は、厚労省の記者発表の表現に基づいて書かれたものではないか、と私は考えています。したがって、「上位所得者」をわざわざ「高所得者」と言い換えているのも厚労省の意向ではないかと疑っています。

現行の高額療養費制度

難しいので、リンク先の説明を参照してください。

【PDF】高額療養費制度について
p.6(pdf.7/13); p.9(pdf.10/13); p.12(pdf.13/13)(前者はPDFに記されているページ数で後者はAcrobatReaderで表示されるページです、以下同様)
【PDF】グリベックを服用される方へ 知っておきたい医療保険制度〜高額療養費 2010年5月改訂版
製薬会社のページですが非常に良く説明されています。

はてなブックマーク - アピタル(医療・健康・介護):朝日新聞デジタルで誤解されている方もおられますが、現行制度ですでに所得によって3段階に分けられています(【PDF】高額療養費制度について p.9(pdf.10/13)):

  • おおよそ年収800万円以上の「上位所得者」
  • 「一般所得者」:上位所得者と低所得者の中間
  • おおよそ、単身で年収100万円以下、夫婦で150万円以下、3人世帯で200万円以下の「低所得者

年に3回高額療養費の支給を受けますと、4回目からは自己負担額がさらに減額されます。この4回目以降を「多数該当」と呼んでいます。

現行制度の大きな問題点:逆転

年収が多い方が相対的でなく絶対的に損をする、とか、医療費が多い方が自己負担額が却って少なくなる、といったことが起きます。しかも、その差額がばかになりません。
【PDF】グリベックを服用される方へ 知っておきたい医療保険制度〜高額療養費 p.13(pdf.7/9)が具体的な数値で参考になりますので、以下で用います。これは現実にありうる数値です(同p.12に書いてあるようにグリベックは標準では1日4錠1万円強で、ずっと服用する薬です)。

医療費が多い方が自己負担額が却って少なくなる(多数該当による逆転)

p.13の70歳未満の方の「5錠」と「6錠」のところで「一定以上の所得者」(=上位所得者)の欄を見てください。

上位所得者 6錠 5錠
最初の3ヶ月 150,248 132,705
4ヶ月目以降 83,400 132,705

上位所得者では月15万円以上が高額療養費対象ですから、5錠では対象外です。一方、6錠だと上位所得者でも高額療養費対象となり4ヶ月目以降はかなり自己負担額が減ります。このまま1年間服用を続けた、としましょう(グリベックは長期服用する薬です)。

  • 6錠では、150,248*3 + 83.400*9 = 1,201,344
  • 5錠では、132,705*12 = 1,592,460

となり、5錠のほうの自己負担額が40万円近く高くなります。
ここまで鮮やかではありませんが、一般(所得者)の「3錠」と「2錠」でも同様のことが起きます。

一般 3錠 2錠
最初の3ヶ月 80,204 58,482
4ヶ月目以降 44,400 58,482
  • 3錠では、80,204*3 + 44,400*9 = 640,212
  • 2錠では、58,482*12 = 701,784

【PDF】高額療養費制度について p.8(pdf.9/13)の表の関節リウマチの項で、

※年齢・所得区分によっては高額療養費の支給水準にまで窓口負担が達しない

とあるのは、このような支給水準に達しない方が却って苦しくなる場合があることを言っているのだと思います。

ほんの僅かな年収の差があまりにも大きな自己負担額の差を生む

【PDF】高額療養費制度について p.9(pdf.10/13)のような基準で、所得によって分けられていくわけですが、このときどちらの階層に属するか、という僅かな差が、とんでもない自己負担額の差を生じさせます。
【PDF】グリベックを服用される方へ 知っておきたい医療保険制度〜高額療養費 p.13(pdf.7/9)の右上、70歳未満の表をもう一度見てみましょう。
年収800万円程度のAさんとBさんですが、ほんの僅かの所得の差でAさんは「上位所得者」、Bさんは「一般所得者」となりました。二人がグリベックを「5錠」1年間服用し続けたら、どうなるでしょう?
「5錠」では「上位所得者」にとっての高額療養費支給水準には達しません。いっぽう、「一般所得者」では高額療養費対象になりますし、4ヶ月目以降はさらに減額も受けられます。そうすると:

  • Aさん:132,705*12 = 1,592,460
  • Bさん:81,854*3 + 44,400*9 = 645,162

なんと自己負担額の差が、100万円近くになります。Aさんは、Bさんよりほんの僅か所得が多かったばっかりに90万円以上多くの支出を強いられることになるのです。グリベックの標準的な使用量である「4錠」で計算しても、

  • Aさん:107,964*12 = 1,295,568
  • Bさん:81,029*3 + 44,400*9 = 642,687

65万円の差、Bさんの2倍の負担額となります。

高額な抗がん剤の長期服用は高額療養費制度が元々は想定していなかった

この制度は、高度成長期の昭和48年に成立した。当時、薬の数など知れており(例えば、抗がん剤など数種類しかなかった。今は、その100倍だ)、長期間にわたり高額な自己負担が発生するなど、想像すらしなかった。この制度は、大きな手術や一時的な入院を念頭において作られた制度なのだ。医学は進み、社会は変わった。
http://opinion.infoseek.co.jp/article/530/3.

上の引用を含む、以下の2つは、現在の高額療養費問題を考える際、必読だと思います。

現在の高額療養費は、【PDF】高額療養費制度について p.12(pdf.13/13)にありますように「年間最大負担額(当初3カ月+多数該当9カ月)が総報酬月額〜万円の2カ月分程度となるよう設定」ということのようです。しかし、これが10年とかずーーっと続いていくとなると(グリベックは十分にそれがあり得ます)、これは負担がきつい。そして、上に述べたように、支給水準に達しない支出が延々と続き、総報酬月額の2カ月分を上回ってしまう、ということも現実の問題です。
【PDF】高額療養費制度について p.8(pdf.9/13)で、慢性骨髄性白血病と消化管間質腫瘍での要望が「高額療養費の支給対象となるが、治療が続くため月々の負担が重い」となっているのは、そういうわけです。

「上位所得者」は「高所得者」ではない

今回の報道で、一番頭に来るのが「高所得者」という表現です。部会資料でいう「上位所得者」ですが、今まで述べてきたように年収800万円程度以上を指します。ボーナスや税、社会保険料などを引いた手取りは会社によってかなり異なるでしょうが、メディア(最近では『SPA!』など)に載っている給与明細などから推察するに、40万円は切る30万台後半くらいではないでしょうか。これで、月額15万までは高額医療費対象にならない、というのは、高額な支出が延々と続いた場合はさすがにきつすぎる、と思います。
いや、本当に月々10万円の支出が続く状況になったらどうしよう?というのは頭から離れませんから。
まして、新しい試算では、それをさらに18万円にアップしようとしているのですから。

見直し試算

【PDF】高額療養費制度について p.3(pdf.4/13)にありますように、上位所得者の支給水準を、月額18万以上に上げ、さらに最上位(おおよそ年収1000万円以上)については月額25万円とする試算が出されています。

年収800万円前後の僅かの差が140万近くの差に

この試算では、上に述べました逆転現象を解消ないし軽減させようという案は全く出されていません。したがいまして、月額17万円の医療費支出が続くとしますと、上位所得者は年204万の支出、いっぽう一般所得者は65万弱、という支出になります。
年収800万で年200万の自己負担は、厳しいでしょう。
なお、年収1000万円でも、月々22〜23万の支出がずっと続いていけば、それまでの生活は崩壊してしまうと思います。

長期・半永久的な支出の軽減を

こういうふうに見てくると、新聞報道ではまったくなされなかった【PDF】高額療養費制度について 「高額長期疾病(特定疾病)に係る高額療養費の特例について」p.7(pdf.8/13)、「自己負担の軽減について要望がある疾病の例」p.8(pdf.9/13)について、まず配慮してほしい、というのが切なる願いです。また、病名で限定してしまうと認定までにかなりの時間費やすことにもなりますから、年単位などである額を超えたら自己負担軽減の対象とする、というようなやり方も用いてほしい。所得によって差がつくのはもちろんかまわないでしょう、ともかく現状では長期的高額支出についてはどの階層でも辛いのです。

年収300万以下の方への減額

もちろん【PDF】高額療養費制度について p.1(pdf.2/13)に示されている策は、絶対に実現してもらわねばなりません。患者の掲示板とか見ていても、この層の現行制度での負担は洒落じゃないレベルと感じます。

負担

【PDF】高額療養費制度について p.4(pdf.5/13)見ればわかるように、年収300万以下の人への自己負担軽減についてだって、たとえ問題大杉の試算に沿ったところで上位所得者の負担増だけでは賄えません(尤も、健保組合、共済組合にとっても無視できない額にはなります)。結局、どういう形にせよ国民の負担で考えてもらうよりほか無いかと思われます。上位所得者の負担増だけでは賄えない、これは重要ですので何度でも確認しておきます。
とはいえ、上位所得者は知らん振り、というのも無理があるかもしれません。上に述べたように継続的な支出となると現行でもかなり苦しいように思えますが、短期的な支出に関してはまだ余裕のある層はあるかと思います。負担の逆転現象が生じないようにする配慮はまず第一に重要ですが、そうした中である層には短期的支出増をお願いする、というのも考えられる策の一つでしょう。

遠い将来や極端でありそうも無い例を考えても仕方ない

はてなブックマーク - お金の切れ目が命の切れ目 - NATROMのブログを見て感じるのですが、「現在、とくに数字が示される具体的な状況や試算」と「近い将来考えられる状況」、「遠い未来の仮定的要素の強い予想」とをごっちゃにして論じても意味ないでしょう。「遠い未来」については、予防医学がどこまで進み、そしてそれが医療費全体に対してどう作用するのか、など分からないことが多すぎます。また、高額な治療といっても、保険適用が考えられるようなものとしてあまり極端なものを"仮定"したって無益でしょう。たとえば無重力状態でしかできない治療というのはあるかもしれませんが、そういうのまで考える、もっと正確に言えば、現行の具体的な状況を考えなければいけない時にそういう仮定的な例を考えるなんてナンセンスです。(飛行機が自由落下している僅かな時間にスーパー外科医が超絶手術する、というのを今思いつきました、誰か使ってください。)
具体的な案が出されているときに抽象的な一般論だけ出してくるというのは、高額医療費を自分の問題と捉え具体的な金額の是非を真剣に検討しようとしている人にとっては、本当に迷惑極まりない行為です。

論じる前にもっと現状を知る

私自身がまずもっと知らなければいけないことですけど。
たとえば産経新聞の医療の連載は、非常に意欲的なもので是非読んでいただきたい、と思います。

いろいろ論じるのはこういうのを読んでからでも良いのではないでしょうか?
あるいはがん患者のブログなども。

抜けがちな点

とはいえ、はてなブックマーク - お金の切れ目が命の切れ目 - NATROMのブログなど見ても、どうもあまり考えられていない点がいくつかあります。その中で最大のは、高額な抗がん剤を長期服用していても、多くの人は働ける、それもかなりの場合ほぼ普通に、ということです。お金が払えず早く亡くなってしまった場合と比較するときは、早く亡くなったことによる労働損失も含めて考えないといけません。
もちろん高額療養費対象者の中には働けない人もいるでしょう。お年寄りならその比率は高いでしょう。しかし、その場合でも多くの人は、消費することはできます。そして、もし医療費の心配が無いとは言わずともかなりの程度軽減されるなら、がん患者の消費性向はかなり高いものになるだろう、と私は予想しています。自分の命の有限性をよく認識してますから、使えるときに使う、行きたいところに行く、などの志向が強いのではないでしょうか。もし医療費負担の心配が大きくなければ、です。そういった社会的な影響についても考慮した上で、負担の分担等について考えを進めていけば、と思います。

あと追加:「がん保険」っていろいろあるけど、高額療養費で十分に保障しきれない高額な抗がん剤の長期服用、がちゃんと保険内容に入っているかどうかは確認しておいた方が良いですよ。少なくとも謳い文句の中には見えないものも多いから。